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1800年代の朝鮮半島について
1800年代の朝鮮半島について質問します。 二宮書店発行の現代地図帳 三訂版 を見ていると 西暦1800年頃の朝鮮半島は清王朝の領土になっています。 しかし、1800年代の朝鮮半島は李氏朝鮮王朝により統治されていましたよね。 ということは、歴史的に見て 朝鮮李朝は独立国ではなく、清王朝の属国 ( 現在の自治区のようなもの ) とされているのでしょうか? 現在の見識ではどうなっています?
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李氏朝鮮は中国の属国ではなかったという説が歴史学者の中では一般的だと考える歴史学者さんもいます。 水野直樹という京都大学の教授の方の講演会が記録されたらしきページがあります。 http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/mizunoa.html というところなのですが。 ここの中ほどに >それから李朝を日本の見解では「李氏朝鮮王朝は中国の属国だった」。こんなことを言っている人は日本の研究者でほとんどいません。「新しい歴史教科書をつくる会」の人たちはそう言っているかもしれませんが、歴史研究者でそんなことを言っている人はいない。 という文章があります。 勝岡寛治さんという方の『韓国と歴史は共有できない・日韓歴史共同研究の幻』で、「日本側の意見は「李氏朝鮮は清の属国だった」」と整理しているのを、水野さんは「日本の歴史研究者でそういうことを行っている人はいないのではないか? また、近代的な国際関係と当時の国際関係とは異なるから、近代的な意味での属国といっても、実際の歴史に会わないのではないか」とおっしゃっているのだと思います。 水野さんが何を根拠に、日本の歴史研究者の中で「李氏朝鮮は清の属国だった」ということを行っている人はほとんどいない…といっているのかがわからないのですが。 ただ、水野さんの話から離れて、李氏朝鮮が現在の自治区のような扱いであったかどうかは、やっぱり違うのかなあと思います。 王の交代でさえ清朝の許可が必要な「完全な属国だった」ということですが、たとえば、英連邦内の国家、カナダなどにおいては、イギリスでは女王が国家元首です。ですが、カナダでは女王には実質的な権限はありませんし、女王の代理を務める総督も実質的にはカナダの首長が決めることになっているらしいです。 カナダをイギリスの属国と考える人は極めてまれでしょう。もちろん、現代の国際関係を当時の国際関係とごっちゃにしてはいけませんが。国家元首を決める権限が名目上他国にある場合でも、独立国とみなされるケースは存在する…ということで。 ですから、王の交代に清朝の許可が必要であったとしても、実際に完全な属国であったかはまた別問題でしょう。 王が交代する際に実際に清朝がそれを拒否することがあったのかどうか、できたのかどうか? それは実際的な権利であったのか、名目的な権利であったのかも考えなければならないとおもいます。 また、李氏朝鮮内の内政や外政に対して、朝鮮の王朝がどの程度権限を持っていたのか、清がどの程度介入できたのかも考えなければならないとおもいます。 朝鮮王朝には現在の中国の自治区程度の権限しかもっていなかったのか、それとも、もっと権限があったのかなかったのかについても考えなければならないと思います。 本当でしたら、そこのところについて現代の学者はどういっているのかを書かないとちゃんとしたお答えにはならないのかもしれませんが…。 悪文乱文をどうかお許しください。
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- oska
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>朝鮮李朝は独立国ではなく、清王朝の属国 ( 現在の自治区のようなもの ) とされているのでしょうか? イタリア人のイエズス会士、マテオ・リッチ(1552-1610)が、中国でのキリスト教伝道にあたって作製した世界地図には、日本海の名称とともに、「朝鮮は中国の属国」との記述があります。 明治9年1月29日。清国の王大臣から在北京日本全権大使への書簡。 「朝鮮爲中國属國 中外共知 属國有属國分際 古今所同」「朝鮮寔中國所属之邦一 即中國之自任也 豈得謂属國爲空名」 (朝鮮が中国の属国であることを知らない者はいない。属国には属国の分際があり、古今において朝鮮が属国であることを中国が任ずるのである。けっして空名ではない) 明治18年(1885)5月の日清両国による天津条約締結に向けての談判。 「朝鮮は清国冊封の国ということ。冊封とは、皇帝命令書である冊を以ってその国の領土を与えて王とする位を宗主国皇帝が授けること。当然、清国皇帝からは朝鮮国王は臣下の位地となる」 そして日清戦争後の講和条約。 第1条、「清国は、朝鮮への権利を放棄し、同時に朝鮮の独立を承認する」 >現在の見識ではどうなっています? 立場によって、色々主張があるでしようね。 確実に言える事は、第三者側から歴史を見る必要がある事です。 当事者(国)は、都合の良い様に歴史を歪曲します。 例えば韓国の歴史教科書には「近隣諸国に、稲作・製鉄など進んだ技術を周辺諸国に教えてあげた」と国定教科書に記述があります。 韓国が稲作・製鉄技術の発祥地だという事を、最近まで知りませんでしたよ。
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回答ありがとうございます。 参考にさせていただきます。
- shshshhe
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訂正です。 >李氏朝鮮は中国の属国ではなかったという説が歴史学者の中では一般的だと考える歴史学者さんもいます というのは言いすぎです。 「李氏朝鮮は中国の属国であるということを言っている学者はほとんどいない」…ですね。 ぜんぜん意味合いが違ってきます。すいません。リンク先の文章をきちんと把握せず、つまらぬことを言いました。 他にも誤字脱字ありました。 私の文章よりも、リンク先の文章をどうぞ…。 まことに申し訳ありませんでした。
お礼
いえいえ、お気になさらずに。 これからも、よろしくお願いします。
- Scull
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一般的に「属国だった」と考える歴史家の方が多いようですね。 朝鮮は琉球のような朝献国ではなく、王の交代でさえ清朝の許可が必要な「完全な属国だった」様です。貨幣の鋳造も出来ず、清朝からの使者を「王が叩頭して出迎える」ほどだったと聞いています。
お礼
回答ありがとうございます。 隣国に武力・財力で強大な国家があれば、対等の立場は取りづらかったのでしょうね。
- PENPENMAKKY
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信じるか信じないかはお任せしますが、朝鮮日報のサイトです。 http://file.chosunonline.com//article/2004/01/26/096308444610326967.jpg 最古の太極旗ですが、何と書いてあるか読んでください。
お礼
回答ありがとうございます。 高麗の時代から清の属国だったのでしょうか? 参考にさせていただきます。
- a-koshino
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地図製作者の勘違いではないでしょうか。 李氏朝鮮が清へ朝貢していたのは事実ですが、それをもって独立していないとするなら、琉球も清の領土になっていなければ、おかしいです。
お礼
回答ありがとうございます。 参考にさせていただきます。
お礼
回答ありがとうございます。 確かに、何をもって属国とするか ですよね。 参考にさせていただきます。