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二次方程式の解の公式について。
高校の教科書には二次方程式の解の公式が出来るまでには 何年もかかった。 という感じで、現在知られているような形になるまでの 色々な形が載っていました。 高校の時は、「数学者って凄いなぁ、きっと試行錯誤で何年もかけて やっと今の二次方程式の解の公式にたどり着いたんだろうな」 と思っていました。 ですが、この間ふと、ax^2+bx+c=0 (aは0でない) をいじくっていたら、簡単に(高校の数学レベルで、)解の公式が でてきました。 そこで質問です。 本当に当時の数学者は解の公式を出すのに何年もかかったのですか? それとも、数学的にきっちりと解の公式を出すためには、 高校レベルの数学じゃない、きちっとした証明が必要なんですか? (高校レベルの数学とは、二次方程式から素直に(x=)の形に 持っていっただけのものです。)
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- aster
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>高校の教科書には二次方程式の解の公式が出来るまでには >何年もかかった。 数学などの問題を解く手順を、「アルゴリズム」と言います。二次方程式をどうやって解くかというアルゴリズムは、二次方程式を解かねばならないという現実的必要性ができた時から、これが正しいアルゴリズムだというのに辿り着くのにかなりかかった可能性があります。 丁度、鶴亀算のようなもので、あれも解き方のアルゴリズムは、かなりまわりくどいですが、ある訳です。それを発見するのは、それほど難しいことではなかったと思います。 ただ、アルゴリズムが分かっていても、「簡単に解けるか」というと、また話が違ってきます。「アルゴリズム」という概念が、そもそも、こういう具象的問題と、代数的解析的な解き方を較べると、解き方の手順・方法は同じで、その本質は「手順」だということが分かって、こういう概念ができたのです。 簡単に解けるかどうかは、数学でも、「技術」の発達をまたないと行けません。鶴亀算ではなかなか一般の人は解けない訳ですが、これを、問題を、変数を記号で表し、方程式の形にするという「抽象化」の技術が発達すると、鶴亀算は、二元連立一次方程式で、これなら、中学生でも簡単に解けたはずです。 二次方程式の場合も、古代に、それに相応する具体的な問題があったのです。建築などだと、こういう問題が出てきます。そこで、どうやって解くかのアルゴリズムは、古代の建築か・技術者・魔術家・数学者などは、発見していたと思います。 ただ、「√」の開平をどうするかという点で、まず問題があったでしょう。そこで、二乗して、この数に近い数という風に、近似的に出して、段々近づけるという方法でしか、開平はできなかったはずです。 また「無理数」は、古代ギリシアの紀元前3世紀か4世紀頃のピュタゴラス教団が発見したと言われており、無論、古代エジプトでも、無理数のようなものがありそうだという予感はあったでしょうが、数学的に、無理数をはっきり確認したのは、ピュタゴラス教団です。 彼らは、無理数の存在が宇宙の調和に反するので、これを秘密にしたとも言われています。 アルゴリズムは分かっても、答えが無理数になる場合、近似表現以外、どうやって表現するのか、それには、無理数の表現方法という技術が必要になります。 アラビアの代数学では、おそらくこの当たりも、アルゴリズム的にも、技術的にも解決し、どういう記号法だったか分かりませんが、解法は確立されていたと思います。 西欧では、アラビア代数学の成果を受けて、三次方程式や四次方程式の解のアルゴリズムを研究し、これを解きます。 しかし、二次方程式でも、「√」のなかが、マイナスになる場合は、解がないのだ、という解き方のアルゴリズムだったでしょう。いまでも、少し比較が違いますが、0で割った数は、答えがないとなっています。0で割った数を、数と定義すると、そういう数学も造れるのですが、あまり面白くないようで、実際に造られていません(または、造られたが、面白くないので、無視されています)。 「虚数」という概念が出てきて、始めて、現代の二次方程式の解法のアルゴリズムと同じものが成立したのだと言えます。また、記号法も発達し、鶴亀算のような複雑な話をしないでも、記号を、左右に移したり割ったり掛けたりで、解けるようになったとも言えます。 この長い時間の「概念」の進化や、アルゴリズムを効率的に解く技術や、問題を抽象的に表現する技術の開発などに随分と時間がかかったのです。 現代の高校で教えているのは、何千年という経験のなかから出てきた、これが、もっとも簡単にアルゴリズム解法を実行できるという記号形式の上に立って、アルゴリズムに従って、問題を解いているので、高校生でも、10分ほどで、公式が造れるのです。 高校だと微積分も出てきますが、微積分も、ニュートンの使った記号法だと、難しくて、アルゴリズムは分かっていても、一般の人が解法に習熟するのは難しかったのです。しかし、ライプニッツが発明した記号法と、それを発展させた記号法だと、非常に簡単に、微積分を扱えるのです。 アルゴリズムが分かっていても、新しい概念の発見と構築、問題を抽象化して表現する技術、解くための記号法と、記号操作の技術、こういうものの発達に何千年と時間がかかったのです。
- prome
- ベストアンサー率32% (64/196)
解の公式を導くのに時間がかかったのは、おそらく虚数が発生するからです。 虚数が発生しない場合は、古代ギリシャ時代に解の公式はあったと思います。 式の変形をやっていくと、両辺の平方根を取る場面が出てきます。 そのとき根号の中身が0か正の場合は大丈夫ですが、負になった場合、 虚数の概念がないため、解けなかったわけです。 昔は虚数をタブー化していて、その存在に気が付いた数学者も 表立って表現しなかったようです。 あのガウスでさえ、実数を複素数に拡張した際、複素数で議論することに 大きな価値を見出していたにもかかわらず、ある時は知らないふりを していたとも言われています。 Mell-Lilyさんが言われる表記法の件も、大きな存在でしょうね。
お礼
ご回答ありがとうございます。 なるほど、虚数ですか。 物理でも、当たり前のように使っている概念ですが、それが世に認められる ようになったのは、長い数学の歴史からすると、つい最近ですね。 虚数が認められていない時代には、現在の解の公式は不完全なもの として扱われていたのでしょうか。 >あのガウスでさえ、実数を複素数に拡張した際、複素数で議論することに >大きな価値を見出していたにもかかわらず、ある時は知らないふりを >していたとも言われています。 これは驚きでした! No.1のceitaさんの示された参考URLといい、promeさんのお話といい、 数学史に興味を持ちました。 自分でも少し調べてみようと思います。 ありがとうございました。
- Mell-Lily
- ベストアンサー率27% (258/936)
私達は、x^2+-3x+1=0などと方程式を記しますが、勿論、このような方程式の表記法は、古代には存在しませんでした。すなわち、方程式の表記法は、人間が発明したものです。また、方程式という考えそのものも、人間の発明です。ある程度、代数に習熟してしまえば、二次方程式の解の公式を導くことに、さほどの苦労も感じません。二次方程式の解を求める方法自体は、かなり昔から知られていたようです。高校の数学の教科書が言わんとしていることは、数学が、現在のような形に整理されるまでには、長い試行錯誤の歴史があったということでしょう。
お礼
ご回答ありがとうございました。 私は大事なことを見落としていました。 数学的な真理と同じに、現在のような数学の表記法が存在したかのように 考えておりました。 何事も、見つけてしまえば簡単な事ですが、見つけるまでは相当の苦労が あるはずです。それを忘れていた私は、まだまだ未熟者です^^; ありがとうございました。
- nozomi500
- ベストアンサー率15% (594/3954)
というより、「二次方程式」そのものを定義づけるのに、いろいろ試行錯誤があったのではないですか?
- ceita
- ベストアンサー率24% (304/1218)
数学史に詳しくないのですが。 我々は、すでにある数学を学んで、 二次の解の公式にたどりつくまで、 何年もかかりますよね? 新しい事をしようとしたら、 その何倍も時間と労力がかかるのではないでしょうか? よさそうなWebページがありましたので、 参考にしてください。
お礼
ご回答ありがとうございます。 参考URLとても面白かったです。 数学を勉強するのも面白いですけど、 数学史を勉強するのもまた面白そうですね。 ありがとうございました。
お礼
ご回答ありがとうございます。 お礼が遅くなってしまい、すみません。 asterさんのご回答は大変分かりやすく、僕の質問にとても 正確にお答えいただきました。 自分は、物理を勉強しているのですが、そのせいか、 物理や、数学の研究は「発見」であって、 決して、「発明」ではないと思っていました。 しかし、asterさんの解答を読ませていただいて、 現在の数学があるのは、多くの優秀な数学者の 記号法の発明や代数の発明によるものなのだと 分かりました。 このことは、教科書を読んで勉強しているだけでは、 あまり感じることが出来ない事でした。 ご回答ありがとうございます。