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アルバイトではない失業者のボランティアでは・・・

以前の質問と回答を読んでいます。 これら報酬のあるアルバイトは、分かりやすいと いう気がします。 ------------- 失業保険の3ヶ月の給付制限中、1日8時間で週2日のアルバイトをしています。管轄のハローワークに尋ねたところ、給付制限期間中はアルバイトはやっても良いとのことでした。 7月の末から、受給期間に入ります。今のアルバイトを週2日のまま、継続していると、失業保険はもらえないのでしょうか? -------------No.1540656 それでは、ボランティア活動もやめろ、という事に なるのでしょうか? 無給で、しかも社会奉仕的な環境美化運動と、 日本に渡航してきている移民労働者へ日本語を教える ボランティアを行っています。 会社都合でリストラされたならば、これらのボランティア活動が、 無給でありながら一旦やめなければならない のでしょうか? とても、失業給付なしに生活できませんし、再就職活動 も維持できません。 厚生労働省は、それで良いのかもしれませんが、交代 要員もすぐさまみつかりません。もともと請われて始め たボランティア活動なのですが、無報酬の労働にも ペナルティを課されるという指摘があり驚いています。 文部科学省や、文化庁が、きちんと予算をつけておればボランティア 活動に依存せずにすんでいる筈です。 日本語教員を、雇用することもできない地域もあるこの国で、無報酬 の活動に対して加護がないというのは、理不尽という気がしてなりません。 どのような行政の判断なのでしょうか?

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  • o24hit
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回答No.3

 ANo.2です。早速のお返事ありがとうございます。 ・私自身は、ボランティアに取り組んでおられる方に対しては頭が下がる思いですし、私自身もボランティアと言えるかどうか分かりませんが、小学生の登校・下校時の見守りを月に何度かやっています。  こんなささやかなことでも、やった後は、社会の役に立ったようで晴れ晴れした気分になります。 ・ただ、私自身はボランティアを特別なこととは考えていません。何故なら、そう思うことは時代に逆行するからです。 ・大きな政府から小さな政府へと言うのが時代の流れであり、これは地方においても同じことが言えます。これを実現するにはどうすればいいのか? 簡単に書きますと、何でも役所に頼らないと言うことです。今まで、役所に頼りすぎて、役所の組織が肥大化し、今は何処の役所でも人件費の削減に躍起になっています。 ・ですから、  「自助」→「共助」→「共働」→「公助」 、つまり自分で出来ることは自分でする、自分だけで出来ない事は地域住民など皆でやる、少し役所に助けてもらう必要があるものは役所と一緒にする、役所でしか出来ない事(許認可などですね)は役所にまかせるということです。  ボランティアは、上記の流れのより左に位置するものであり、というか、そういったものであるべきと私は思います。 ・ボランティアは「共助」の一種であると思いますし、災害があると現地に向かうボランティアが多くおられますが、テレビなどで見る限り皆さん何の気負いもなく取り組んでおられるように思います。これが、ボランティアの姿ではないでしょうか。

Pricise
質問者

お礼

ボランティアは、上記の流れのより左に位置するものであり、というか、そういったものであるべきと私は思います。 ------------------- それならば、なおさらです。 市民の「共助」であるというあたりが本来の姿である のなら、一省に過ぎない厚生労働省が、解釈をまじえ る資格がどこにあるのでしょうか。 国民の、無報酬でなす共助行為を雇用保険の適用に なじむ、なじまないという議論に巻き込む資格が なぜ、そのような個別官庁にあるといえるでしょうか。 さきに、御述べになられた「きまり」をこのような 活動に対しても振りかざすなどとは、厚生労働側に よる国民の自然にして生得的な基本的な生活活動と 信条にまで踏み込んだ、守られるべき倫理性へまで 逸脱的に不当なまでの踏み込みではないか、と感じ ます。 いうまでもなく、国の存在や介入以前。 われわれの生存と共助は普遍的な活動として歴史的に みても厳然と存在するもっとも根源的な持続ではない でしょうか。 ご意見は、むしろ私の素朴実感をフローするもの ではないかと印象しました。

  • o24hit
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回答No.2

 こんにちは。  提起されている疑問は、雇用保険と結びつけること自体に無利があると思います。 ○雇用保険の意義 ・まず、雇用保険の意義を考えていただくと分かりやすいと思います。 ・雇用保険制度は、社会保険制度と雇用政策手段という二つの性格を併せ有する制度です。  社会保険制度としては、これは労働者の失業による所得の喪失を保険事故と捉え、再就職するまでのその所得の補償を行うことが目的です。  また、雇用政策手段としては、完全雇用という政策目標を実現するために、失業者ができるだけ速やかに再就職できるよう援助することが制度の目的と言えます。  つまり、この両者の機能を一体的に担うものとして設けられたのが雇用保険制度の中核に位置する「求職者給付」であって、失業者が求職活動をする間の生活の安定を確保し、これを通じて求職活動を奨励しようとするものです。 ○何故、ボランティア活動がダメなのか ・制度の趣旨の一つが、前述のとおり「求職者給付」ですから、俗な書き方をしますと「ボランティアをする前に、求職活動をしてください」と言うことです。 ・これは、良い悪いの話ではなく、また、いくら意義のあるボランティアであったとしても、制度(失業保険です)を利用する際の決まりです。 ・ボランティア活動は、本来は無償の活動が始まりですから、自己犠牲も時にはあると思います。そして、その自己犠牲は自分で解決するべき物ですから、他者の経済力(今回は「求職者給付」です)を当てにすること自体が、ボランティア活動と言えるのか疑問ですし、それを言い出した時点で、愚痴になってしまいます。 ・ですから、今回のご質問は、ボランティアに真剣に取り組まれている方がされる質問としては、とても残念に思います。  失礼なことを書きましたが、実際にボランティアをやったことのない者の「たわごと」と、聞き流していただけると幸いです。

Pricise
質問者

お礼

お考えの流れとしては、ひとつ理解できます。 ただ、「制度(失業保険です)を利用する際の決まり」 ということですが、決まりを作るものは神でも仏 でもない、われわれと同じ人間で、そのきまりは 人間の社会のものではありませんか。 また、きまりで世の中が常に快適になっているので あればわれわれの世の中に閉塞感もありえないですし、 環境ボランティアが発生するような環境の劣化もない はずです。 わたしは、解雇される以前から公共団体の要請と、 自発的な意思との両面から、ボランティアに参加を しているわけですので、事態の変化が制度の運用者 である行政側の裁量範囲でしかない、という風に しか思えません。 つまり、私はいかな「きまり」であれ、公序良俗に 反するものを含んでいるのであれば、公論によって 改善する余地はあってしかるべきではないか、と いう風な感慨を抱きます。 失礼なご意見だとは思いません。 むしろ、異質な考え方が交歓する機会が増えてきた ことを歓迎したいと思います。

回答No.1

雇用保険は (1) 労働者が失業してその所得の源泉を喪失した場合、労働者について雇用の継続が困難となる事由が生じた場合及び労働者が自ら職業に関する教育訓練を受けた場合に、生活及び雇用の安定と就職の促進のために失業等給付を支給 (2) 失業の予防、雇用状態の是正及び雇用機会の増大、労働者の能力の開発及び向上その他労働者の福祉の増進を図るための三事業を実施 するためのもので、労使折半で負担しています。 まあ、(2)については色々問題があるようですが、それはともかく、この話であれば、失業保険制度の立場で行けば、某かの働きかけでもない限りは、元々、「就職したくても就職できない人のために、一定期間保険の給付を行う」のが本来の失業保険の趣旨ですから、文科省や文化庁?の事情は考慮すべきではないと思います。勿論、政策的な連携という点はあるのかもしれませんが・・・ そもそも、参考サイトのとおり「申告する義務」があり、申告しなければペナルティーという感じみたいですけどね。ハローワークにもうちょっと具体的に聞いてみては如何ですか?各地のハローワークによって取扱も大分違うみたいですし。

参考URL:
http://www.hat.hi-ho.ne.jp/heart_thoughts/t/work.htm
Pricise
質問者

お礼

ハローワーク側と話合いまして、ボランティア活動 の申告を行うものの、無報酬であると件事実で あれば、就労ではないと解釈するとのことでした。 いろいろありがとうございました。

Pricise
質問者

補足

丁寧にご回答ありがとうございます。 パンフレットなどをみるかぎりでは、ボランティアも 駄目という風に読めます。