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外国映画、外国テレビドラマの吹き替え日本語
外国映画、外国テレビドラマの日本語吹き替えが世間離れしているのは何故か。画面を見ずに日本語に吹き替えた音声(会話だけでなくその中の講義であれ演説であれ)を聞けば翻訳ものであるのが歴然とするのは何故か。充分時間を掛けて翻訳されたものであるから日本語としてはきっちりしている筈でありながら即興の同時通訳(CNN、Japanの日本語放送やNHKの外国人会見もの)の方が日常の日本語として違和感を感じないのは何故か。何十年前からこの点全く変わっていない。
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- TOMONE
- ベストアンサー率33% (1/3)
翻訳には翻訳する方のセンスや知識が左右されると聞きます。 それに映画やテレビの場合、俳優の方の口の動きや限られた時間に伝えなければならないという制約もつきます。 日本語で一言ですむ言葉が英語では長い説明が必要だったり、逆に英語では簡単に済ませられる言葉が日本語では数語が必要なこともあります。 そういう制約の中で伝えようとすればどこかに無理が出る場合もあると思いますよ。
あといえることは、吹き替え版を作るための日数と、経費に制約があるということでしょうか?
- hirokoro
- ベストアンサー率40% (14/35)
映画やドラマの吹き替えの場合、登場人物が話している画面に合わせなければなら ない為、吹き替えの台詞合わせに適当と思われる長さの言葉に置き換える必要があ るそうです。 また、文化の違いによる細かいニュアンス(ジョークの言い回しなど)を伝えきれ ず、置き換え困難なものも多いと思われます。 日本人はしないような言い回しもたくさんあります。 それを、日本人に極力理解できるなんらかの言葉で、なおかつ上記のような(画面 に合わせなければならない)制限付きで伝えようとするわけです。 そのあたりがニュースなどの同時通訳とは異なりますよね。 その為Donsanが感じているような違和感が生じてしまうのだと思います。 わたしも実のところDonsanと全く同じ事を感じていますが、ある程度やむを得ない 部分であると思っています。 でもやっぱり吹き替えは好きになれませんが・・・。 多分、原語を直接自分で理解するのが一番でしょう。
補足
ご丁寧なご意見有難う御座います。原語で聴くと言うのはさて置いて翻訳は一応そのようなことであろうかと思ってはいましたがそれでも疑問は尽きませんね。と言うのは言語構造の異なる例えば英米ラテン系のもの、ロシヤのもの、中国のものと何であれ会話の吹き替えの語り口がほぼ同じであり且つ日本で普段聞かない会話になっているからです。要は目を閉じて聞けば吹き替えだとすぐ分かるのがおかしく感じるわけです。 実は小生トルコに10年住んでいましたがここでも吹き替えは盛んです。ところがトルコ語に吹き替えた会話は普段聞く会話と何ら違和感を感じません。ドラマにしろバラエティショウにしろ日本の吹き替えは何十年前から変わっていない気がします。言い方は悪いですが脚本翻訳家や声優に翻訳会話とはこんなものだと言う思いこみがある、つまり不勉強と言うか怠慢に由来するものでは無いかと感じますね。