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大卒の方:大学とはどのようなところですか(何が学べるのですか)
質問の意図が伝わり難いと思います。説明します。 私自身は高卒なので大学には行った事は全くありませんが、就職にもそんなに不自由しなかったですし、それほど必要性も感じていませんでした。 ただ今の会社の業績が大変悪くなっていて転職を考えていますが、その時に「募集:大卒以上」と書かれている求人もあり、少し大学(学歴)について考えています。 私自身は学歴社会と言われている今の状況については肯定も否定もしていませんが、大卒と高卒では何が違うのかという事については興味があります。 過去の質問履歴を見てみると「広い知識や教養が学べる」「大卒という肩書きだけで意味がある」etc…の回答がありました。実際はそんなところかもしれません。 それらの回答を見ている内に、実際に大学に通っていた方にその大学の雰囲気や環境や人脈等の、高卒である私では体験できていない事をお聞きしたくなりました。その中で今の自分に足りないものが見えてくるかもしれないと考えています。皆様の回答をお待ちしています。 追伸:学歴については皆様言い分があると思われますが、こちらのアンケートに関しましては学歴が必要であるかどうかは別にしてお答え頂ければと思います。勝手な事を言いますがお許し下さい。
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質問者が選んだベストアンサー
具体的に学びたい対象があり、それが学べる大学を選んで受験した者です。 私の恩師の一人が、中学生の頃にある質問をし、先生が「それは高校で習うことだから」と言われ、それを知りたいために一所懸命勉強して、自分の手で回答を得た時はとても嬉しかった、と言っていました。 恩師のように高校で習うことなら高校で済みます。しかし何らかの疑問に対して「それは大学(のある学部・学科)で学べることだよ」と言われて、それを学ぶために進学する人がいます。 一方単に「大学卒」の肩書きが欲しくて、4年間を遊んで過ごす人もいます。 私は前者です。なので、選びました。そして運良く合格し、それを学ぶことができました。学ぶと言うより研究と言うべきでしょうが。 そこまでに至るのに「どうしてこんなの(一般教養)やらなきゃいけないの」ってこともかなりありました。ですが、自主的に勉強しなかったものは今ではすっかり忘れ去ってしまいましたが、自主的に勉強したものはそれなりに何とか頭の隅にひっかかっているようです。 大学の雰囲気や環境は、大学によって差があります。これまで経験した職場に同じ大学を卒業した人がわずかしかいないので、人脈に関してはわかりません。 一番大きな違いは、「知識の詰め込み」ではなく「知識を如何に得て如何に使うか」ではないかと思います。 高校までは「定期試験」とやらで、色々「暗記しなければならない」ことが多く、暗記が苦手な私は苦労しました。でも物理や数学(最近は「暗記科目」となっているようですが、私には理解不能)は、実際に考えながら計算して結果が出ると嬉しかったですね。 大学にも、もちろん試験はあります。しかしそれは「詰め込んだ記憶を書き写す」のではなく、考えなければなりません。なので辞書持ち込み可、計算機持ち込み可、教科書・ノート持ち込み可の試験は結構あります(私が大学時代に受けた試験で一番記憶に残っているのは、ドイツ語の試験で監督の先生が「わからない単語があれば手を挙げて訊きなさい」と言った試験です)。 では何故持ち込み可なのか。それは、これまでに学んだものから、試験の問題への解答という「テーマ」を導き出すためだからです。 何故暗記ではいけないのか。それは、暗記しただけでは使えないからです。全く同じものを覚えていれば、解答できるでしょう。しかし、違うものを覚えていても、解答はできません。そこまでの考え方全てを記憶できるだけの記憶力があれば話は別ですが。解の公式だけを暗記していても、その公式をどう利用するかを理解しておかなければ解答は得られません。 結果的に、自分が学びたいと目標にしていたことを専攻することができました。もっと勉強したかったのですが、経済的事情で断念しました(後悔はしていませんが、機会があれば再挑戦したいと思っています)。そして、それはこれまでから現在に至るまで、「仕事」になったことはありません。しかし「物事の考え方」や「考える上での基礎」を学んだことで、それが役に立っているのだろうとは感じます。 大卒の肩書きだけでは仕事はできません。それに伴う知識と思考力が必要です。大卒だとか、大学院修了だとか、学位があるとかは、その分野を究める研究職でなければ、あまり価値はありません。実際に日本では「大学卒・大学院修了の即戦力」が少なすぎるそうです。 高卒と大卒では「知識の使い方」に差が出るかも知れません。そうでない場合もあるでしょう。なので実生活・実社会においては、過去の経歴より現在の能力の方が重要なので、学歴は関係ないと思っています。ただ、そうすると従業員募集の一定枠にとんでもない数の志願者が殺到するため、0次専攻として「大卒」というのが有効になるかも知れません。
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- sannkanno00
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今年大学を卒業予定の者です。 高校は進学校だったので、とにかくテストテストの毎日でした。詰め込み教育で、テストでいい点を取ることを楽しみにしていたのようなものです。 大学は何のために行ったのか。学歴のためです・・ 後は、やりたいことが見つからなかった・経済的に高校卒業後すぐに働かなくてはいけない理由は無かったためです。 そうして入った大学は国公立でしたが、びっくりするほど遊びほうけていました。。 入学当初はほんとにガッカリでした。自分だけは資格を取るなり、がんばろうと思っていましたが、朱に交わればなんとやらで、結局enjoy大学生でした。 バイト・部活優先、勉強二の次でした。バイト先で高卒で社員として働いている子にも質問者様と同じような質問をたびたびされました。 そのたび、私は申し訳ない気持ちになりました。 自分より年下の子はもう社会に出て働いているのに、自分は授業にもろくに出ずに、なんとかうまい具合に単位だけとり、後はバイト代で遊びほうけているなんて・・・。と。 大学はとにかく、人生で何者にも属さない時間みたいなものです。とにかく自由で自堕落です。 それも使い方次第なのですが、なかなか自分を強く持てません。(もっと有意義に使うこともできたはず)特に自分は文系学部だったので目的も無く、、、といった感じでした。 大学に行って良かったことは、高いお金をかけてもらっただけあってとにかく自由で楽をさせて頂いた事・お金の有り難味、親の有り難味、広い人間関係、一人暮らしをしてみていろいろ気づいたこと、何かをしたいと思ったときにすぐに行動を起こせたことetc..です。人生の息抜きだったように思います。。
お礼
現役の大学生の方ですね。回答ありがとうございます!! こちらで回答を頂いた方々の文章を読んでみると、今は身に付いたことがないように感じられていても、実社会に出てみると少し事情が違ってくるのかもしれない。 たとえば高卒の人では物事を一つの方向からしか考えられないような場面でも、大卒の人はまた違った面から考えられたりする力が知らず知らずのうちに身に付いているのかな?と少し考えられるようになってきました。 あと、バイト先の高卒の人(私もそうです)が、私のような質問をするのは、単に興味本位といいますか…自分の知らない世界の話を聞いてみたい、という感覚ですので、申し訳なく考える事は全くありませんよ。逆にいろいろ話を聞けて楽しんでいると思います。 私も現役大学生の方の心境が聞けて、とても参考になりました。回答ありがとうございました!!
補足
質問文の中でも書いていますが、この質問をさせて頂くまでは、大卒と高卒の人の違いというものが、今ひとつ理解できていませんでした。 でも皆様の回答文を読ませて頂く内に、ただ漠然としていた大学のイメージが、自分でも何となく想像できるようになってきました。高卒の私としてはとても有意義な事です。(自分に足りないと思われる事も何となくわかってきたような気がしています。) ここで改めてお礼をしたいと思います。皆様本当にありがとうございました!!
どんな学生生活を過ごしたかによって全く違うものになるでしょう。 私の場合は#8さんのご意見に近いです。 文系学部で時間はかなり自由でしたので、かなり遊びました(汗)。 お金もバイトで作って、そこそこあり、時間はたっぷりある中で、勉強に、スポーツに、遊びに全力を尽くせたモラトリアムは、かけがえのない友人関係とともに貴重な経験を私にくれました。 あ、それと、これは直接大学生活には関係ないかもしれませんが、私の場合、地方から上京して一人暮らしを初めて経験したのも大学時代でした。 親のありがたみも学ぶことが出来ました。
お礼
皆様がおっしゃられているように、有り余る程の自由な時間をどのように過ごしたのかによって、大学時代というものは、ひとりひとり違ったものになる事がわかってきました。ありがとうございます。 回答者様もかなり遊ばれたと 笑。おっしゃるように「ほとんど成人しているのに学生である」という微妙な4年間を自分の自由に使えた、またその中でかけがえのない友人を作る事ができた、という経験から得られるものは、高卒で社会に出てしまった私では得る事が難しいものであると感じますね。アドバイスありがとうございました!!
- toruchan
- ベストアンサー率30% (402/1320)
私は大卒ではありません。 しかし、大卒や院卒の人と一緒に仕事をさせてもらったことがたびたびありましたのでその時に感じたことをお話したいと思います。 語弊があるかもしれませんが・・・ 大学は学問を学ぶところではありません。 学問の学び方を教わるところです。 しいては、学問の学び方を学ぶことで、仕事のやり方を学ぶところです。 具体的に言えば、主体性や人間としての考え方、あとはセルフプロデュースの方法などでしょうか。 そういう意味ではサークル活動や遊びまくることもそれなりに意義があります。 下手をすると、ある意味大卒よりも職業高校卒の方がよほど即戦力になりますが、それでも大卒は地力がありますからあっという間に高いポジションに就いてゆきます。 (会社の仕組みもあるのですが・・・) 高卒の弱さはそのあたりだと思うのです。 別に、そのあたりを自覚をすればそれなりに弱みは克服できると思います。 私はまだまだですが・・・(笑) 中途採用の場合は学歴が足らなくても応募だけはできることが多いようです。 企業側もあくまで「目安」と考えているだけだと思います。 お互い頑張りましょう。
お礼
「主体性や人間としての考え方、あとはセルフプロデュースの方法など」…なかなか難しいですが、社会で役に立つのはこのような能力なのかもしれませんね。 間違ってるかもしれませんけども「応用力」みたいなものでしょうか。その意味では、確かにサークル活動やコンパなどを行なう事も全くのムダではないのかもしれませんね。(ある意味「遊び」を知っている事も大切なのかも。) 大学というところを知らないと、なかなか理解し難い場面にも遭遇するかもしれませんけどもお互い頑張りましょうね。回答ありがとうございました!!
- akomo
- ベストアンサー率34% (15/44)
大学は、自分のやりたかったことに重点をおいて学べるので、学ぶという事が楽しいし、やりがいがある。 高校とは違って様々な地方から様々な個性を持った大勢の人が集まってくるので、今までと違う考え方が出来たり、視野が広くなったりする。 しかし!! ぶっちゃけて言わせてもらうと、大学生は遊んでます! ぼちぼちいい国立大(理系)を出ましたが、私自身ががっかりするくらい皆遊びほうけてました。 授業は出ないか、もしくは出ても寝てる。 大抵はバイトか部活/サークルかコンパかクラブ通いに励む。 または何もしない。 自由な時間が山ほどあるのです。 人脈は出来ますよ。 友達関係(サークル、コンパなど)も、先生のコネ(就職先)も。 大企業から推薦なんてのもきますしね。 高校時代の友達とはまた違った交友関係ですね。 これが私の見てきた大学です。
お礼
様々な地方の人と接する事は、確かに高校では難しいかもしれませんね。一部の人は留学とか経験できるみたいですが、ほとんどの高校生は同じ地域の人ですからね。 …っと、いきなりぶっちゃけて頂きありがとうございます 笑。自由な時間が山ほどあるわけですからね。そのように時間を使っていらっしゃる方もおられると思います。 でも、又違った人脈は形成できるのですね。それもある意味では大学において得られるものの一つですよね。回答ありがとうございました!!
工学部出身者です。 文系はよくわかりませんが、理系の場合には実験があったりしてある程度は忙しくて大変な部分が少しはありますが、大学で勉強したことは今でも使えていると思っています。 私は現在経理をしているんですが、大学でやったプログラムを組むことができるので、結構その点に関しては重宝がられます。 あと受験勉強なんかも浪人中はちゃんとやっていて、そのときにやったことは今でも憶えていて、数学とかの本を読んだときは理解するのが楽だったりします。 >「広い知識や教養が学べる」 これっておそらく教養課程の勉強を指しているのでは?とはいってもそんなに広くとも言えないとは思いますが・・・。 確かに大学って他の方がおっしゃっているように、専門的な部分を深く追求していく場所だし、自ら動かないと無駄な時間を過ごすところだと思います。
お礼
こちらの質問に回答頂けている皆様は、文系の方が多いようでしたので理系の回答者様からも回答を頂けて嬉しいです。 文系の皆様からは「自由な時間が多いので、自分からテーマを見つけていけば深く勉強に没頭する事ができる」とのご回答を頂いていますが、回答者様の場合は、実験などである程度スケジュールが詰まっていて、少し状況が違っているようですね。これらの事情も私にはわかりませんでしたので、大変参考になっております。 でも実験や研究に没頭できて、深く勉強する事ができる点は同じようですね。本当に大学というものを見る目が質問前とはかなり変わってきています。回答ありがとうございました!!
補足
申し訳ないです。質問の中に訂正箇所があります。 私の質問中に「広い知識や教養が学べる」との記述がありますが、これは私が過去の履歴を読んでいて「皆様の言いたい事はこのような事かな?」と私が解釈して記述したものです。 ご指摘を受けて改めて確認致しましたところ、その方のおっしゃりたい事は「幅広い視野・深い見識を持つことができる」でした。少しニュアンスが違ってくるかもしれません。私の読み込み不足でした。申し訳ございません。
- reikato
- ベストアンサー率17% (42/239)
大学で過ごした時間を思い返してみると、「あまりお金や生活の心配をせずに、ありあまる時間と自由を満喫できる」時期だったと思います。 決して、ものすごく怠けたって意味じゃありませんよ。 大学は、理系はちょっと違うかもしれませんが、文系の場合相当自由です。熱心に授業に出て勉強をすることも出来ますし、少々さぼることも自由です。友人と遊ぶのにも、次の日のことを考えずに、酒を飲みつつ(成人限定)、時間を忘れて夢物語を熱く語り合ったり、羽目を外して騒いだり。 馬鹿みたいな事もたくさんしましたが、20歳前後の、ある程度大人と認められる年齢で、有り余る自由がなければ出来ないことでした。生活の事や、お金、次の日の事を考えてしまう今は、もう出来ないことばかりです。「時を忘れて夢を語り合う」なんてサム~い事を、全然恥ずかしがらずに出来たのも、あの時期だったからだと思いますし。 そういった、自分や友人をしっかり見つめ、考え、どうでも良い事で長い事悩んだりした時間は、今となってはかけがえの無い思い出ですし、そんな時間を一緒に過ごした友人達は、今でも切っても切れない私の大切な人たちです。 学歴云々以前に、このような時間を過ごす機会があってよかったと、私は思います。
お礼
ありあまる時間と経済的な心配をしなくてよい4年間が生み出す「余裕」のような事になりますでしょうか。(言葉が間違っていたら申し訳ないです。) この4年間でガムシャラに勉強に打ち込む事もできるし、回答者様のように勉強する時は集中して勉強する、そして、たまには気の合う友人の方と一緒に酒を飲み交わしながら夢を語り合う…。良い意味で「自由」な空気が流れているのですね。こうして文章を読ませてもらうだけでも、何だか楽しそうなところだな…と感じられてきました。回答ありがとうございました!!
- piko404
- ベストアンサー率9% (7/71)
高卒と大卒では社会経験などに差がある気がします。 人間関係、勉強意欲、アルバイト等、私にはすべて高校生のときと違っていました。 もちろん積極的に動かなければ何もできないし、何もしないで「大卒」という肩書きだけもらって卒業もできます。 あと、大卒以上という求人があっても、応募して優遇されるのは東大、早稲田などの難関大もしくは難しい芸術大学だけです。あとはどこの大学でも同じに扱われます、「大学で何をしてきたか」が重要みたいです。
お礼
社会経験ですか…。回答者様が例として出されている事は高校でも経験できる事ではあると思いますが、大学になると同じ事でも差が出てくるとの事ですね。これはやはり、基本は何事も受身であった高校と、自分から積極的に動かなければ何も勉強できない大学との違いなのでしょうか。高卒の人間としてはなかなか興味深いです。 あとは大学の肩書きについては、有名大学や難関大学では意味が出てくるけれども、そうでなければ「4年間何を勉強したり経験してきたのか」が大切なのですね。アドバイスありがとうございました!!
- Quant
- ベストアンサー率18% (23/122)
高校までの学校と異なり学校は何もしてくれません。自分が積極的に動かなければ、なにも学べません。 過去の回答に「広い知識や教養が学べる」とあったそうですが、大学は専門知識や、狭い分野の知識を学ぶところです。幅広い知識は高校までに身につけ、それらの知識を使って考えることを教えてくれるのが大学(一流の)です。一流大学を卒業しても考えることを学ばなければ、中身は高卒とかわりません ただ知識の量は違うかもしれませんが。 企業にとって「大卒という肩書きだけで意味がある」というのは本当でしょう。日本では特に、一流大学に入学したことだけでも評価されます。これはあなたが、東大・京大などの一流大学を受験されるとわかります。そんなに簡単には合格しないと思います。企業は、個人の能力ではなく、大学に入るために努力したことを評価しているのだと思います。こういった何かに向かって努力できるということもひとつの能力ではありますが。 大学で何を学べるかは人それぞれです。
お礼
高校生までの受身的な考え方では、大学生になったとしても何も学ぶ事ができないのですね。自分からテーマを選んで、その事について深く学ぶ事で、はじめて考える力を身に付ける事ができるのでしょうか。 ただ、有名大学になれば「大卒」の肩書きを持っているだけでも、その狭き門をくぐる事ができたというだけで評価の対象になる事は何となくわかります。私も高校の受験シーズンには、一応有名大学の赤本を見る事もありましたが、その問題は全く持ってチンプンカンプンでした。「こんな問題を同じ高校生で解ける人がいるのだなあ」と関心してしまった事を思い出します。 その意味では、有名大学に入学できた事だけでも評価に値すると考える事ができそうですね。回答ありがとうございました!!
補足
申し訳ないです。質問の中に訂正箇所があります。 私の質問中に「広い知識や教養が学べる」との記述がありますが、これは私が過去の履歴を読んでいて「皆様の言いたい事はこのような事かな?」と私が解釈して記述したものです。 ご指摘を受けて改めて確認致しましたところ、その方のおっしゃりたい事は「幅広い視野・深い見識を持つことができる」でした。少しニュアンスが違ってくるかもしれません。私の読み込み不足でした。申し訳ございません。
私が大学に行って良かったと思うことを書きます。 私は大学に入って、受験勉強より勉強したんじゃないかというくらい勉強に没頭しました。 そのおかげか、学問とは何かということがわかりました。 また既出ですが、物事を見る際の「深み」みたいなのも備わりました。 簡単に言うと、本屋さんに行って、この本は読んで有益か無益かがよくわかるようになりました。 それから大学にはいろいろな経歴や考え方の人が来るので、高校などとは違い、いろいろ刺激になり視野が広がったような気がします。 大学は、そんなに勉強しなくても卒業できちゃうところですが、勉強しようと思えばいくらでも深く勉強することができます。 大学に行った人も、4年間どんな過ごし方かをしたかで変わってるくるのではないでしょうか。 少なくとも高校までの受け身の教育ではなく、深い学問ができるところです。 私の中では、高校までは教育、大学は学問かなと思います。
お礼
勉強に没頭できる環境も時間も十分に用意されている中で、それをどのように生かすことができるかという事が求められているのですね。(その環境を生かすも殺すも自分次第ですね。) 高校までは人から与えられる事を覚える事が中心、大学ではそれまでに得た知識の中から自分が興味を持った分野について、どこまでも深く追求する事ができる時間が用意されている…。何となく大学というものがイメージできてきました。回答ありがとうございました!!
- kaz1916
- ベストアンサー率27% (145/537)
最低限、高校で履修すべき能力を持っていなければ入学できない、というレベルの大卒を前提として申し上げます。 一番大きな違いは「物事を見る深さ」かと思います。 同じ一つの事象でも、(結論は同じだとしても)そこへたどり着くまでの思考が変わると思います。 あまり適切な例ではありませんが、例えば「リンゴ」の絵を描かせた時、幼稚園児は○に小枝を描くだけですが、小学生ではそれに色をつけ、高校では更に陰影をつけてほぼ完璧な「りんご」の絵にします。 そして、大学生の場合、心に感ずるままの真っ黒で、三角形の、言い換えれば抽象絵画の「リンゴ」を描きます。 高校まではほぼ同じ地域出身の集まりですが、大学になると、それこそ全国から、あるいは外国からの留学生も集まります。 当然今までの環境からは大きく変わります。 そこで受ける影響は、高校生活で受けるそれとは大きく変わってくるものだ、という事はお分かりいただけるかと思います。 また、知識や理解力が格段に深まる青年期に、同じようなレベルの友と自由闊達に語り合い、自己研鑽できる場合と、そのまま社会に出て、ある意味「現実的」な思考の持ち主である先輩達に影響されて成長する場合と比べると、自ずから物事の価値判断基準が変わってくると思います。 勿論、あなたのように(理路整然とした質問文でも充分感じられます)高卒でも立派な方も沢山折られますが敢えて、こう申し上げたいと思います。 あなたが大学に行かれていたならば更に、「深み」(表現が適切ではありませんが)が増してくるであろうことは想像に難くありません。
お礼
「物事を見る深さ」ですか…。言葉としてはよく耳にしますが、なかなか養っていくのは難しい事ですよね。それを身に付ける事ができるとすれば、高卒の私からしますと、大学というところがとても魅力的に思えてきます。 「リンゴ」の例はわかりやすかったです。高校までは人から与えられた知識をただ身に付けていく段階であって、それを自分なりにアレンジしたり、別の角度から捉えたりする機会を大学という場所が提供してくれるのですね。 回答者様のようにご友人と自由に意見を交換できたり、自分とは違う意見を聞いた時には、改めて自分の考えを整理したりといった機会は、なかなか高校では見つける事ができませんね。とても貴重な体験ですね。だんだん質問前と大学に対する考え方が変わってきたような気がしています。回答ありがとうございました!!
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お礼
具体的に「これを学びたいからこの大学」という強い意志を持っておられたのですね。高校時代にそのように考えておられたとは…すごいですね! しかもそのとおりの大学に合格されて、学びたい事を学ばれた。そんな経緯で自主的に勉強した事はずっと残りますね。そこまで打ち込める対象があるという事は正直うらやましいです。 でもその大学に入る為に勉強する科目の中でも「数学」はかなり苦手でした。おっしゃるとおり、数学って公式をいくつ暗記できているかで得点が決まってくるのだそうですね。(どこかで聞いた話では、東大に入る為には2000から2500個の公式を暗記しておかなければいけないとか…恐ろしい。) ただそれらの入試試験を潜り抜けてきた人でも、その知識をただ持っているだけでは大学でもあまり意味はなく、その知識を何処でどのように使うのかを自分で考えてくトレーニングをしなければ、充実したキャンパスライフを送る事はできないのかもしれませんね。 それが社会においては、ある物事に対しての考え方の土台のようなものになって生きてくる。これが回答者の皆様がおっしゃられている事なのかなと思えてきています。回答ありがとうございました!!