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民主主義と適合しているのでしょうか

ある政治団体の議員当選者の得票数を見る都度、疑問に思います。 各人ほぼ2万票で5名が並んで当選します。グループの得票数10万票の 中で1万票の人も居れば、3万票の人も居ても良いと思うのですが、 毎回、きっちりした同数の得票を見ると投票者個人の意思は入っていない のではと首を傾げてしまいます。組織の上から下への指示によって投票を しないと、とてもこうはいきませんものね。 となると個人の意思を制しての投票で選出された議員による政治は 民主主義の世の中に適合したものと言えるのでしょうか。 極端に言えば、この政治団体が過半の得票を手にした場合、民主主義の社会が存在しているのでしょうか。 その政治団体の可否ではなく、単純に選挙過程と民主主義とのギャップを感じるものですから、よろしく教えてください。

みんなの回答

noname#11596
noname#11596
回答No.7

はじめまして、非常に難しいテーマだと思います。政治については、専門的に勉強した事がないですが、私の意見を述べたいとおもいます。多数決というのは、様々な政策に対して、ふるいをかける一つの有効な手段だと思います。小学校や中学校で、級長などを選ぶ時などは、真剣に候補者の人格や人間性などを吟味し、アイツになら任せてもいいのではないか?と真剣に考え、投票したものです。不思議と、数合わせのための内部工作などは、やりませんでしたし、候補者も真面目にクラス運営をやっていました。中学の時は、内申書対策の為の卑しい候補者もいましたが、このような候補者は、多数決の論理で落選していました。現在の選挙制度の根幹も同じだと思いますが、うまく機能していないと思います。多数決でふるいにかけようとするのですが、まず数の論理アリキだと思います。田中角栄のように、政治は数であると言い、数のために、多額の金を使い、金の出所は非常に不透明で、金で政治を牛耳る(国家予算の不公正な配分)というやり方です。数は、あくまでも候補者や候補者が属する政党の政策をふるいにかけるプロセスだった筈なのに、いつの間にか、数を握る事が目的になり、倫理を重んじなければならない立場にある政治家は、少なくなり、国家全体の事を考えている政治家もあまり見ません。能力的にも倫理的にも不適当な人間が、候補者として出馬し、数の論理で当選しています。その結果、選挙権を持つ我々は、どうせアイツが当選するだろうと思ったり、なんでましな候補者がいないんだ!と思ったり、俺の一票では何も変わらないと考え、政治(家)に無関心にならざろう得ない状態になっています。しかし、都市部では、若干ですが、この状況は変わりつつあります。所謂、無党派層の出現です。なかなか数の論理(政策による選挙より組織固め主体の選挙)下では、倫理と見識、政策だけで立候補する事は、困難でした。(負けることが明らかです)しかしながら、地方選挙レベルでは、それでも立候補して市民生活向上のためがんばっている方も居ります。結局、このような方々が増えていけば、政治や政治家に対する関心は、変わっていくのではないでしょうか?そのような政治家は、国民全体の福祉向上を最優先に考え、倫理的にも能力的にも優れているので、国民全体の利益につながらない政策には、反対はするとは思いますし、一部の圧力団体や後援者グループの為の政策推進の為、党議拘束などを使い、圧倒的な数の論理による政治の乱用は、行われないのではないでしょうか?また、選挙民も常に政治に対して、関心度が上がると思いますので、多数派工作自体がやりにくくなる効果も期待できると思います。

fukudon
質問者

お礼

組織による個人への選択の制約に触れていただければ 有り難かったのですが…。 質問の文章が悪かったのだと思います。

  • ipa222
  • ベストアンサー率20% (903/4455)
回答No.6

それは参議院選のいわゆる大選挙区の話ですよね。 その党員に、誰を投票するのか強制されたのか?ときくと、皆NOというでしょう。 上の言うことを100%いいなりになると言う新興宗教や、イデオロギーの所属員は、そんな意識です。 しかし、それを許容するのも民主主義だと思います。 そんな人たちが過半数を超えることはありません。 万が一越えたとしても長続きしません。

fukudon
質問者

お礼

回答有難うございます。 参院選ではなく地方の選挙です。各地に多数あります。 今回の都議選でも二名当選した場合の各当選者の得票数はほぼ同一です。 >>それを許すのも民主主義だ…で完結では愛想なしですな。

  • chico-is
  • ベストアンサー率9% (35/357)
回答No.5

私は政党政治と民主主義は相反するものだと考えています。 民主主義の第一の原則は多数決です。 例えばA党が200人で反対が100人 B党が100人で反対80人の場合、 賛成120人 反対180人に成ります。 現在政党政治と言っていますが、公的政治活動費や選挙応援など、選挙人の利益が存在しないからです。

  • kobakoba3
  • ベストアンサー率39% (89/225)
回答No.4

>投票者個人の意思は  投票者の意思は入ってますよ、「この政党の候補者なら誰に入れても安心」という、政党そのものへの評価が投票行動で示されているのです。  あとは、どの候補者に投票してもらえるかは、各議員の担当地域・職域等を組織的に分析して上手に割り振っているわけで、近代的な組織政党として、あるべき姿・理想の形とさえ思います。  また、議員個人の意思が組織に縛られることを良しとするかどうかが問題になりますが、投票者の意思は政党への投票ですから、党に反する行動を議員が取ることは、有権者への裏切りにあたります。  政党選択を中心とした、個人ではなく政策で選ぶ選挙こそ、民主主義のあるべき姿です。  グループ内での票数のデコボコは、政党としてのまとまりの無さを示すものとして、むしろマイナスの印象を受けます。そういう党に限って、同じ党なのに人によって違う行動をとったりして、有権者をだます結果になるのです。

fukudon
質問者

お礼

質問に添った回答を有難うございます。 ただし、KOBAKOBA3さんが妥当と言われる形で行われている選挙実績を見て、 私は疑問を抱いて質問していますので、質問のベースをなぞられているようで残念です。 選挙は政党・グループなどを選択し、その中で人物の選択も行うのだと思っていましたが、団体を信じて人の選択は放棄するのが民主主義なのですか。

回答No.3

 その政治団体に投票した人は、それを不自然と思わなかったのでしょう。それに対して「それは政治意識が低いからだ」と言う人がいたら「それは、自分は正しいが他の多数は間違っている、との思い上がりだ」と言う人が出るかも知れない。  現在日本の政治制度=民主制度は「六本木あたりのクラブで朝まで踊っていて、社会のことなんかまるで考えていないお姉ちゃんと、日本のこと真剣に考えているオレと同じ一票なのか?」との不満があっても、「稼ぎが悪くて、最低の税金しか払っていない人と、オレのように人の何倍もの税金を払って、日本社会に貢献している人間と同じ一票なのか?」と言っても、選挙では同じ一票。これが民主制度の基本。  チャーチルはこんなことを言っています。「デモクラシーとはひどい政治制度である.しかし,今まで存在したいかなる政治制度よりもましな制度である」と。  キーワード「民主制度の限界}で検索してみて下さい。このような考えで書かれたサイトがあります。参考になると思いますが、かなり突っ込んで書いてあるので、最後まで読むには努力が必要かも知れませんよ。(^_^)(^_^)(^_^)

  • o24hi
  • ベストアンサー率36% (2961/8168)
回答No.2

 こんばんは。  ご存知のように、日本は政党政治ですよね。  物は考えようなんですが、今の選挙は人気投票と見まがう物がありませんか? 失礼ではありますが、芸能人、スポーツ選手などの初めから知名度が高い人を候補者に出したりしていますよね(勿論、立派に職責を全うされている方もおられますから、全否定するわけではないです)。  そういう意味からは、同じ政党でそういう人に票が固まると、死に票が増えて(そんなにも票がいらないのに票が入ってしまうということです)、ある意味では投票者の支持政党の割合と、当選した政党の人数割合がかけ離れた物になってしまうことが考えられます。  そういった死に票を無くそうとして実施されているのが、全国区の比例代表のドント方式(政党名を書かせて、その得票数に応じて当選者を割り振るというやり方ですね)で、もう既にご心配のことは実施されているといえますね。  どの政党が、政権をとったとしても民主主義が逆戻りする事はありえないと思います。世界的に見ても、自由主義国でそんな例はないです。

fukudon
質問者

お礼

民主主義が逆戻りするかなどの心配ではなく、個人の意思が組織の意思に潰されている状況に対する疑問だったのですが…。 質問の文章が悪かったのでしょうね。

  • chico-is
  • ベストアンサー率9% (35/357)
回答No.1

良く民主主義の勘違いをお見受け致します。 民主主義が絶対的に正しいとの知識では矛盾が生じます。 民主主義が出来たときに、出来た言葉が、民主主義は民衆に依ってつぶされる。 >極端に言えば、この政治団体が過半の得票を手にした場合、民主主義の社会が存在しているのでしょうか。 そうです。このときに崩壊を意味します。 民主主義にはこの様なリスクが有りますが、結果に対しても民衆が責任を負うと成っていますから、どうこう言うべきものではありません。 現在 郵政民営化も自民党の中に反対議員がいますが、党議拘束。違反者には除名などのペナルティー。 これも民主主義では有りません。 しかし、この事に対して民衆は選挙で対抗できますので、やはりこれも民主主義だと思います。 政治や経済に全く無関心な人に選挙権が有る事が、気になります。 政治経済一般常識のテストの合格者に選挙権を与える事が必要かも。年齢よりも。

fukudon
質問者

お礼

民主主義の如何とか是非は問うてはいないのですが…。 そもそも私には難しすぎます。

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