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10年前の阪神大震災から今回の新潟中越地震、復興の取り組み方
阪神大震災から丁度10年、「99年頃といえばまだ日本がバブル崩壊前の経済成長に戻れるという幻想が辛うじて残っていた、だから復興の形もそんな80年代そのものだった」という言葉を聞きました。ゼネコンが前面に出てきて復興復興と進められ、莫大な電量を消費するイベント「ルミナリエ」などの復興のアピールをもって目に見える亀裂だけを塗り固めていったような復興と語っていました。 被災者を疎開させて、神戸に人工的な基盤をつくって全く新しい町にするという発想すら語られたといいます。震災は貧しい人から犠牲にしていきました。 そんな時代から10年。また悲劇が起こったのですが、今回復興に対する取り組み方や視点は変わったのでしょうか?良くご存知の方があれば現状を教えてください。
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- myeyesonly
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回答No.1
こんにちは。 日本の大災害の復興では、大抵、そういう型の復興になっちゃってますね。 ただ、今回の新潟の方では、関東や阪神といった大都市とは違う側面がかなりあるかと思います。 というのは、被災地の多くが農村である事で、ビルがいっぱい建ち並び、コンクリートだらけにして・・・って条件はまずないでしょう。 類似例で、三宅の噴火では、やっと現地に帰れるようになりましたが、入ったゼネコンの仕事はもっぱらライフライン確保で、大規模開発、再開発の類ではないです。 新潟でも、帰れるかどうか・・・という状況らしいですが、こういう点でどういう復興をするのか、大変興味深く見守っていくつもりです。 願わくば、元のような仕事を再開できるような復興になって欲しいです。 間違っても東京のようなコンクリートジャングルにして欲しくないですね。 奥尻島のような復興がのぞまれます。