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日本人の真面目さの起源
質問です。 日本人の「真面目さ」または「生真面目さ」や「職人気質」って、いつから頃からどのように備わったものなのでしょうか? どんな商品も、「MADE IN JAPAN」って書いてあるだけで、世界中から無条件かつ全幅の信頼を置かれるじゃないですか。しかも寿命が長い。 丁寧なホスピタリティ、お金を頂いているからには120%還元できるようにしようというプロ意識、相手優先の譲り合いの精神、倫理道徳規律規範を当たり前のように順守し、礼儀やマナーを大事にする等々。 でも、当の本人たちからして見れば、「いや、どうすれば効率よくできるのか、どうすればもっと良くなるのかを考えに考えて、それを行動に移して実現したまでです」と、まるで何でもないかのように思って仕事や物事に取り組んでいる。 世界的にも珍しい国民性だと改めて思います。 他にも同じような国民性を持っている国ってあったりしますかね? よろしくお願いします。
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- ts(@applet_ime)
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日本人は世界で最も臆病な遺伝子を持ってるとか聞いたことがあります。 ユーラシア大陸から追い立てられて、どーにかこーにかその末端で息づいて、いつしか島国として隔離されて独自すぎる文化を築いたとか。 故に、敵を作らないことが生きるうえでの絶対正義のような国民性になり、規範を守ることで共同体として受け入れられ守りあい、逆にそれを乱す者はしこたまぶっ叩くという日本人らしいフォーマットが出来上がったのだと思います。 そのため、相手に嫌われたくないという日本人の持つ太古の遺伝子に、相手を喜ばせとけば生存率が高まるという本能を根深く植え付けられており、こんにちの世界最強のホスピタリティを手に入れたのかもしれませんなあ。
- eroero4649
- ベストアンサー率32% (11072/34514)
とあるメーカーに勤めていたことがあるのですが、機械製品て1年間の保証書というのがありますでしょ。1年以内に故障すると、無償で修理を保証するアレです。 私がそのメーカーに勤めていたときに、「買って1年以内だけど故障した」という問合せがたまに入ることがありました。で、無償で修理するから保証書を添付してくれっていうと、まあ半分以上のお客さんが「捨てた」っていうんです。堂々と。保証書がないと有償修理になってしまうっていうとまあ100%必ずっていいくらいみんな怒ります。そしてみんな「1年以内に壊れるようなものは欠陥品だ」と騒ぐのです。 外国人からの問合わせもあるんですけど、外国人で「壊れるのはおかしい」という人は一人もいないです。口うるさいイメージがある中国人や韓国人も「機械は壊れるものだ」と認識しています。 「保証書がないと保証されないよ」ってのは日本人以外には全員通じるんですよね。「だって壊れるだなんて思わないじゃないですか。保証書なんて買った初日に捨てた」と堂々という人も決して珍しくありません。 私はそういうお客さんを対応して「ああ、日本の会社の製品て壊れちゃいけないんだな」と思いました。「壊れないのが当たり前」と思ってる消費者は、日本人くらいなんじゃないかなと思います。 そして歴史学者の磯田道史先生は「お米は手間をかければかけるほど量もとれるようになるし味も良くなる。だからお米の相手をしているうちに際限なく手間をかける習性がついてしまった」とおっしゃっていましたね。 血統(遺伝子)がそうさせるのか、環境がそうさせるのかは非常に興味深いですね。 ただ日本人は0から1を作り上げるのは非常に苦手ですね。誰かが作ったものを改良するという能力、とりわけ小さくコンパクトにする能力には非常に長けていますが、新しいものを発明するのは苦手です。 そしてとりわけ苦手とするのが「一度決めたスケジュールを途中で修正すること」です。一度スケジュールを決めたら、何が何でもそれを守ろうとします。太平洋戦争のときもミッドウェー島と空襲する日の暗号が解読されたとき、アメリカ軍の中には「本当にその日に空襲に来るのか」と懸念する声がありましたが、日本通の情報担当者が「日本人は一度決めた日程は何が何でも守るから、必ずその日に空襲に来る」と断言したという話があります。実際、その日に空襲したのはいうまでもありません。
- jack-a3
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まずはなんと言っても国全体を巻き込んだ騒乱がほとんどなかったし、国家体制が変わる際にも庶民の生活は比較的変わらなかった。 諸外国では王朝交代があったり、他国に侵略されたりなんてことがありますし、またそういう大イベントの際には大虐殺や大略奪が発生したり、それまでの文化を破棄させられたりで庶民の生活も大混乱します。 そうなると質なんか二の次になっちゃうし、自分の中の良心に従って正直に真面目にやてるとバカを見るだけ、みたいな感じになります。 実際、日本も第二次世界大戦後から1970年代くらいまでは日本製品は低品質の代名詞でした。「衣食足りて礼節を知る」を真理だと思います。 次に日本ならではの宗教観として「八百万の神」の精神は影響があるでしょう。 「すべての物に神が宿る」という考えかたは、物を大事にすることにつながり、また物を作る際の作業や作法にも気を配ることに繋がります。お茶を煎れることにも自身を高める精神修行の場として「茶道」にしてしまうのは日本人くらい。 あとは日本が「家」や「村」を単位とした生活共同体であったことも要因の一つですかね。 個人として生きられるほど自由ではなく、かと言って自分がまったくなくなってしまうほど大規模集団化しなかったので、共同体の中で誠実に生きることが求められたし、そうやって誠実に生きていることがちゃんと認められて評価される状況だった。
- gunsin
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起源なんぞは解りかねますが、昭和の時代には、近所のお年寄り から、「誰も見ていないと思って悪さをしても、お天道様が 見ているのだからね!」と言われ叱られました。 昼はお日様、夜はお月様とお星様のお天道様がいつも見守って 下さって居るとも、よく言われました。 大和民族は陰と陽が有る事をわきまえていて、お天道様にも 畏敬の念で接して、豊作なら感謝で、お祭りをして、日照り などの時は、唯々、お祈りして過ぎ去るのを待つ。 悪いことをして、お天道様が怒らない様に、身を正して働くのが 自然の生業となったと思うのですが。 仏教、儒教が伝わる以前からあったのではないのでしょうか。 数多の宗教は人間が考え作り出した物なので、信じるに足りませんが お天道様は実在していますから、神道は信じれますね。
- are_2023
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日本は紀元前、旧石器時代から他国とは全く異なる発展をしました 周囲を海に囲まれ多民族から保護され、多くの河川があり山があり海があるおかげで食料、水に苦労がなかった その結果、早くから定着した生活が始まりました 他国では食料を求めて、あるいは他民族の侵略(攻撃)などで移動する事が多かった 移動が多い民族は今日、明日と短期での衣食住を求める必要があった しかし、定住して暮らせる日本人は数か月先、あるいは来年を見据えて食料を増やす、快適な住居に変える、など「より良く」する努力が自分たちの利益になるし、それが可能な状況だった