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前世ってあると思いますか、死についてどう考えますか
飼い犬の死を経験しまして、ちょっと死について考えていたときにふと前世ってあるんかなと思い、質問させていただきます。前世の記憶がある!それっぽいものがある!その他不思議な現象を体験したお話など、お暇なときにでもご回答ください。 科学的には証明できませんし、ネットの前世占いなるものなども無料有料問わず全く信じていません。死がこわいから少しでもそれを和らげようと前世なる創作を作り上げていると一蹴することもできます。 ですが全く完全に「ない」と言い切れないのも事実です。誰も死んだと、生まれる前の事はわかりませんので…。 前置きが長くなりましたが、私はたまにデジャブを覚えます。何回もあります。夢に出てくる場合と全く覚えてなくてもあれっとなるものの2種類があります。覚えている限りの内容は長くなる為下記にまとめますが、転職前に転職後の職場にいる夢や作業をしていてふっと光景が頭をよぎったり、その出来事が起こった後「あれっ今の出来事夢で見たことがあるぞ」と思い出したりということがあります。単に職場の夢を見て、それと似た状況が起こり思い出しただけといわれればそれまでなのですが…。昔から気になっていました。「この後〇〇が起こるぞ」というようなデジャブの場合自分はそれを思い出したあとは夢とは少し違うことが起きることが多いです。ですがその出来事が起きた後に「こういう出来事を夢で見たぞ」という場合はほぼ内容が一致しています。 ネットで見ていると、子供が喋れるようになったぐらいで流暢に「6人ぐらい子供を産んだお母さんだった」「誰々に殺された。遺体は〇〇に埋まったまま」としゃべりだしたという話を見ました。自分の子供時代を思い出してみると、単純に両親とのお遊びの中で言っただけだったのかどうかはわかりませんが「川で母親に拾われた」と言っていました。どこの川かとか、場所は全く思い出せませんしこれはチビの私が作った作り話だと思いますが、それとは別に「自分は足軽だった」と自分で話だした記憶があります。川の話よりは後のことで今でも覚えています。「自分は足軽で、偉い人に仕えていた」と言っていました。 記憶があるとされる人の話には場所に惹かれるというものがありますが、自分はとても鎌倉に惹かれます。京都奈良、東京、海外ではベトナム首都ハノイ、カンボジア首都プノンペンなどにも旅行や勉強で行き、忘れられないいい思い出や悲しい歴史を知るなどとても印象深い経験をしました。もちろん地元の観光地や他にも仕事で何度も行っていた新潟や長野、宮城の各都市など他の地域など多く思い出があります。 ですが鎌倉だけは自分の中では別格といえるほど印象深いのです。 小学校の時に学校の旅行で行って、今旅行で行って懐かしいと感じているだけなのかもしれませんが。何度も何度も行きたくなります。 (単純に観光が楽しかっただけかも) また前世とは関係ないのかもしれませんが、不思議な出来事も経験したり母親から聞いたこともあります。中学生の時母方の祖父が亡くなった夜に私は不思議な光が家の玄関のガラス戸の前で明滅しているのを見ました。黄緑~緑色ではっきりと丸い光がガラス戸の前で3つほど光ったり消えたりを繰り返していました。ホタルの光のような色です。うちの回りにはホタルなんていませんし、実際のホタルの光よりもずっと明るく、丸い形がはっきりと浮かんでいました。街灯や通る車の光が映りこんでもここまで明るくハッキリとはしません。(無理やりこじつけるとすればだれかが玄関に緑のレーザー光を当てている!という可能性もありますが…近所にそんな人はいません。) 母親も不思議な経験をしたようで、祖父の葬儀後に職場で祖父が遠くで立ってこちらをじっと見ているのを見た らしいです。遠くで母親をじっとみていて、母親が心の中で「大丈夫だよ、やっていけるよ」と思いながら軽く手を振ったら頷いていたそうです。 後に母方祖母や父方祖父が亡くなった時はそうした不思議な現象は自分には起きませんでした。(父方祖母はボケてますが元気です) 一体死って何なんでしょうね?臨死体験した人や出血多量で重体に陥った人の話を聞く限りでは神経が機能しなくなるから痛みはない、なにが起きててもまさに「…」とか「ああ、そうなんだ」という程度にしか感じず恐怖も何もない。むしろ痛くなくなって心地よいなんて人もいたそうですが…。もし前世なるものがあるとしたら、一体自分は何者だったのかとか、なぜ死を恐れるのかとか、考えると止まりません。 長くなりましたが、もしなにかこういうことがあった、自分はこう考える、というご意見やエピソードがありましたら暇なときにでも回答ください。 以下デジャブエピソード ・最初に入社した職場を辞める前に次の職場の自分のデスクでパソコンを打っている夢。周りの人間も一部が一致しているように感じた。 ・今の職場で後ろから別の人が乗るフォークリフトが寄ってくる記憶。実際に寄ってきて通り過ぎて行った後にこんなことがあったと思いだした。 ・高校生の時に家族と喧嘩したあとこんなことがあったと思いだした。 ・家で休日にテレビを見ていたら次はこの内容の話がある、と感じた。実際は夢と違う内容だった。
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- SPROCKETER
- ベストアンサー率26% (2125/7982)
私は両親の死を体験していますし、それまでに叔父や叔母の死を何度も経験しているので、骨を拾うたびに現実の厳しさを痛感しています。前世なんて信じません。人間の記憶は記憶物質の焼失で失われるものであり、火葬にした段階で永遠に失われます。後世に前世の記憶が残るはずがありません。 逆になりますが、情報社会になってから、写真やビデオが残せるようになり、故人の写真やビデオを見られるようになりました。こちらの方が前世の記憶だと思います。 前世という話が伝わるようになった背景には、人間の遺伝は身体の特徴だけではなく、性格や癖まで遺伝するので、子孫に前世があるような特徴が残るからだと思われます。私も父や祖父に似ているとか、考え方が似ていると言われた事が何度もあります。前世とは、遺伝を曲解した考え方だと思います。 古代人に現代の情報技術を見せたら、ビデオ映像を見て驚愕するだろうと思います。古代人の夢の技術だからです。今の時代は写真やビデオを何十万枚でも、何万時間でも残せる時代です。お金もかかりません。今の方が前世が残せる時代だと思いますね。
- ii_z
- ベストアンサー率68% (11/16)
No4 を書きましたが、追加で補足しておきます。 質問者さんや同じような経験を持つ人に役立つかもしれない。 No4 の後半にて、デジャブや予知・予言について書きましたが、今回は質問者さんの夢の幾つかが予知夢であった場合として書きますね。 この際、現実世界での現象が発生した後から夢を新しく思い出すという類は除いてお話します。(その類はデジャブの可能性が大きい) 現実化以前に見た予知夢の映像がそっくりそのまま現実化する場合は多いが、それだけではないようです。 この点について質問者さんも経験しておられるようなのですが、どのように予知夢とその後に発生した現実が少しだけ相違しているのですか。(質問者さんの言う、「この後〇〇が起こるぞ」というようなデジャブの場合) 例えば登場人物の映像は現実と予知夢と全く同一だが、登場人物の背景の映像が異なる? 場面・背景はそっくりなのだが、登場人物たちが違っている? 現実の時間ががもう少し進んでいくと予知夢の通りになりそう? 私の経験によれば予知夢の映像は全てがそのままそっくり現実で再現されるばかりではない。 予知夢の映像が既に存在していて、現実が次第にその予知夢の映像に向けて進んでいくにしても、すぐさま予知夢通りの現実が突如として現れて来るばかりではなかろう、と考えられるわけです。 我々にはどうやら未来における選択肢があるようでして、こっちの選択肢を採用した場合にはこのような未来の映像になるという予知夢映像があり、別の選択肢を採用した場合にはこのような別の未来の映像になると予知夢が教えてくれる、ということらしいです。 ですので、現実の未来において採用しなかった選択肢より先の未来は存在しないので予知夢の映像が具現化しません。 しかしそんな場合でも見知らぬ登場人物は予知夢と現実との映像が完全一致していたりします。 どういうことかと言えば、この選択肢を採用した未来においてはその未知の登場人物がAという行動をし、別の選択肢を採用した未来においてはその同一の登場人物がBという行動をとる・・・というように予知夢が予め未来を見せてくれる場合がある。 AとBのどっちに転んでも登場人物は同一ですから予知夢の人物映像と現実の人物映像は完全一致しているわけです。 (この場合、その登場人物は予知夢を見た段階では未だ知らない人物と仮定して述べてます。予知夢の段階で既に見知っているのなら、夢でも現実でもそっくりそのまま同じ顔かたちになるのは当たり前ですし) 私の経験上、以上であることを知りました。 しかし本人はその時は分からないんですよね。予知夢には説明が付かない。何の映像か説明してくれないし、直感認識も付いてこない。 この辺は私が能力不足なのかもしれませんが、ですからこれって選択肢なの?こっち取るとこうなって、あっち取るとそうなるの?なんてことは分からないのです。 第一、予知夢を見ている時点ではそれが未来を予知してるなんて思いもしないですし。 ですが私が1発目の予言的予知夢(私にとってはそれは予言そのものでした)が現実化した以降、それを振り返ってみれば予知夢の段階で幾つかの選択肢を提示してくれたのだなーと察することができました。 運良く私は最良でもないにしても次善の選択肢を偶然に採用しまして予知夢の提示していた最悪のケースをま逃れました。 その時の私に予知夢がどう役立ったかと言えば、そういうことですから、「ふ~ん、予知ってあるもんなんだな」ということだけでしたね。 ただ、過去からこれが起こることが決まってたんだな、運命的な物なんだな、とその瞬間から驚いて注意深くなりました。 なのでもしそういう予知夢っぽい物を見た人は、それがもしかしたら未来の選択肢を提示しているのかもしれない・・・と注意して、より良い選択肢は何なのかを考えておくといいかもしれない・・・ ということが助言になります。(もしかすると、こういうのは予知夢に限らず「夢」本来の機能かもしれないとも思います。) ですが私の経験上、言うこと思うことは易し、実行することは難しとなるかも。 その他にも選択肢を示さず単なる未来予知的予知夢である場合もあります。 また、「夢」だけが予知・予言の映像化に関わってくるだけでなく、他の映像手法も有り得ます。 そして無理して予知夢を見ようとしないこと。 予知・予言とは「向こう側からやって来る」ものであって、原則的にはこちら側の努力で見ようとしても困難なもののようです。(無理してやれば間違いが多くなります。混乱するだけです。) この点を克服しようとしたものがいわゆる「占い」の類です。その他、意識的操作によってそれを克服できるかもしれません。
- eroero4649
- ベストアンサー率32% (11072/34514)
https://gigazine.net/news/20111028_population_7_billion/ こういうデータを見ると、生まれ変わっていたら人口の分をさばききれないなと思わずにはいられないです。 「はい、生まれ変わりですよ」「ええっ?俺、死んだばっかりだよ」「どんどん人口が増えちゃってるんだから、もう順番です」みたいな。 しかも輪廻転生はインド哲学で、ヨーロッパやアフリカではそういう思想はありませんし、そういう話もほとんど聞きません。だいたい「生まれ変わりについて子供が話した」って話はアジアに限定されます。一神教では、牛や豚は人間が食べるために神様が作りたもうてくだすったということですから、生まれ変わりはないでしょう。 世界で一番人口が多いのは中国で、次いでインドですから、アジア圏で生まれ変わっていたら魂の数が足りなくなるんじゃないかなと思います。輪廻体験を告白する人も「前世は牛だった」っていう人は聞いたことがないですものね。
- kaitara1
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ニーチェの永遠回帰と物理学のエントロピー増大則は参考になるのではと思っています。
- ii_z
- ベストアンサー率68% (11/16)
私も興味を持ってます。 前世や来世が有れば面白いことになるのですが。 ですが蟻やダニ・シラミの前世はありますかね。来世は? 踏み潰してしまった蟻は来世ではどのように生まれ変わるのでしょう。来世もやっぱり蟻で生まれてくるのですかね? 人間の前世・来世はあるけど蟻・ダニ・シラミの前世・来世はないとするのなら、人間と蟻・ダニ・シラミの間のどこかに前世・来世が有るか無いかの境界線があるわけでして、その境界の内側に犬は入っているのか?猫は? それともコロナウィルスの一つ一つにも前世・来世があるのか? どれかの犬がしんだら来世には人間になって生まれて来るとかなら非常に面白いんですが。 ですがそうなってくれば今の人間の中には前世が犬だった人もいる訳でして。 前世が猫だったり蟻だったりダニ・シラミだったり。 或いは階梯を徐々に上がって100回の生まれ変わりでダニ・シラミから途中で犬や猫になったりして終局的には人間になった生まれてくるのか・・・ 大自然の中には物凄い量の魂が存在しているということになって来そうです。 それとも人間だけに前世・来世は有るのか? もしそうだとすれば前世紀までの神学的な人間優越論に立ってしまって自然科学的な合理性から外れていきます。 このように考えていきますと、前世・来世はないと考えるのが合理的な感じになってきます。 前世・来世と言うよりは遺伝子的な現象といった感じになってきます。 現代の科学で判明している生物としての遺伝情報類の受け渡しですね。本能の類の受け渡しも含みます。 或いは土に返って肥料になって植物の栄養になり、それを草食動物が食べるとかの物質循環の話の類。 前世的な経験を持つ人も多いです。 私は出産してくる前の記憶がありますし。胎児の時の断片的な記憶、それ以前の受精する前の記憶・・・ どこまでお信じになられますかね。(但し本格的な前世の記憶はないです) 合理的に考えればそれらは恐らく私の創作的記憶なのだと思います。 その他にも幼少時には色々な記憶を保存してましたが、その多くが忘却の彼方に消えていきました。 それらの記憶は正しかった・・・本当の記憶だった・・・と立証する方法がありません。 ですから私自身もいい加減なつもりで自制できてるのですが、しかし。 立証されてしまうこともある。 質問者さんもご経験のようなのですが、「デジャブ」に関係した問題。 「デジャブ」なのか「予知」「予言」なのか。 質問者さんは何気なく書かていますが、その中の幾つかは予知や予言の類の可能性がありますよ。 「夢に出てくる場合」 「全く覚えてなくてもあれっとなる場合」 この二つのうち、前者が予知・予言に関係してきます。(夢以外の認識法も有り得ます) 後者はデジャブの可能性がかなり大きくなります。 前者の場合はその情景が既に頭の中に明確に存在している状況下で現実にそれとそっくり(或いは酷似した)情景に遭遇するのですよね。 私もあります。 私は自分の一生に起こる幾つかの重大なイベントをそれがまだ発生してない未成年の時代に見終えていました。夢かうつつで。 非常に明瞭な映像として記憶されていまして、しかしその映像の説明がついてないのですよね。 何の映像か分からない。 そういう状況でそれを時々明瞭に思い出しつつ(夢で見たはずなのに忘れない、数十年経っても)十年くらい過ぎたら、突然その情景が眼前に現れた。 ああ、これなんだな・・・と納得しました。 そして更に十数年経って未成年の時に見た別の情景が現実化する。またもや、ああこういうことだったんだな・・・と思うわけです。 そしてですね。更に十数年経つとまた別の情景が現実化する。 こういうのが何回もありました。 未だ現実化してない情景もあります。恐らくは私がしぬときに判明します。 それは現象を振り返ってみるとデジャブとかなんかではないです。 予知・予言の類ですわ。 異様に明瞭で精緻な映像でして、映像の説明はないが非常に強烈な印象を受けた。 というわけでひょっとしたら予知能力があるんかなーーと思いまして、色々と予知してみました。 結構当たりますよ。力んだ時には外れまくりますが。 「予知・予言は向こう側からやって来る。こちらで見ようとしても不正確になる」という格言?が有りますが、その通りではないにしても似た感じですね。 というわけで、若い時からオカルトづいてまして予知・予言以外にも色々と経験してます。
前世とは、ある人生を起点として、それより前の人生のことを指す。転生を認める世界観ならば、必然的に内包する概念です。 人の転生が何度も繰り返されているということを認めるならば、 全ての人は皆、ひとつではなく多数の前世を持っているということになります。
- mekiyan
- ベストアンサー率21% (865/3998)
あるとしか思えないことを何度も経験しています。 家族旅行ではじめての遠い街に。まだ小さな娘が「お父ちゃん、買って欲しいものがあるの?」 -買ってあげるけど、どこに売ってるのかも分からんから、見かけたら買ってあげるよー と返事。そしたら、娘が、始めて歩く通りを先頭になって勝手知った街のように歩き出し、10分ほど歩いたところの古びたお店に入り、一直線に見つけづらい場所にあった物を、手にして、お父ちゃん、これっ! もうビックリしました。 妻との出会いも、お互いにまったく接点もなしなのに、以前にどっかで何度も親密に会ってる気分に、お互いが感じ取りました。それで、人生で一番貧乏な時に結婚と。 そのほかにもいろいろあります。 そのっt間ににも46年間近く連れ添って、先に逝かれてしまいましたが、6年半たった今で妻は確実に生きています。両親も、私の体の中で生きています。 若い頃は死に対して怖いと感じますが、私くらいの歳(75歳)にもなると、昨日まで元気に雑談して知人の死の報も受けるようになり、無意識のうちに身辺の整理もして、いつお呼びが来ても素直に受け入れる身も心の準備も整っています。人生でやりたかったことは、ほぼすべて出来た、もうこの人生でやり残しはなし。大満足で幸せな余命を送ることができているお方は、高齢による「死」には、まったく怖さはなしです。むしろ、足元明るいうちに、お呼びがきたらいいのにと願ってもいます。 人生に不満足な高齢者は、「死」が怖いらしく、「わしゃ100まで生きるぞ~』なんてほだいていますが。
- 5mm2
- ベストアンサー率9% (329/3307)
前世は無いと思います。 同じく後世も有りません。 ですから、今を大事に生きないといけません。 ただ、死んだら天国が有って、そこには死んだ家族や愛する人がいます。 その先のことは分かりません。