headmasterのプロフィール
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- 登録日2005/03/13
- 30才を過ぎての教員志望
大学卒業後、某シンクタンクでITコンサルタントをしています。大学在学時には、から今まで10年以上母校の高校である部活の指導を(週末に)続けておりますが、最近になり、(情報科の)教員になることで、私が持っているITの知識や経験を活かしつつ部活の指導ももっと出来るのではないかと考えています。 ただ、家族も抱えているので教員免許も無い30過ぎの人間が今から教員になるために大学に通い直して免許を取るということも出来れば避けたいと・・・ 何か良いアイディアは無いでしょうか。
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- harumatu
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- 学習塾の存在意義
個別指導の学習塾のアルバイトをしている大学生です。 先日公立高校の入試の合格発表があり、その日の夜は講師みんなで飲みに行きました。話題にのぼるのはもっぱら今日の生徒たちの笑顔のことで、今までずっと一緒に頑張ってきた生徒が満面の笑みで報告に来てくれたこと、先生につっかかってばかりだった子が最後に握手しながら「ありがとうございました」と言ってくれたこと、ほとんど(9割近く)の生徒を無事第一志望校に送り出すことが出来たことなどで、みんな胸がいっぱいになり、感極まって涙を流す先生もいました。本当にみんな受かって良かった、この仕事を続けてきて良かった、来年は絶対全員合格させよう、またあの笑顔を見たい、一人も落としちゃいけない、と。 しかし、「一人も落としちゃいけない」という言葉がひっかかりました。まず現実的に不可能のことだし、仮に全員合格させられたとして、そのことにどんな意味があるのか。うちの塾で受からせた分だけ他の塾で落ちる子がいるわけであり、最後に笑う子の絶対数は変わらないではないか。例えば市内の中学生全員がうちの塾に来たとして、同じことを言えるのか。これは私がかなり前から疑問に思ってきたことでした。 場の雰囲気を冷めさせたくはなかったのですが、私のような考え方があることにも気付いてほしくて、「でもうちの塾で受からせた分だけ他の塾で落ちる子がいるわけですよね・・」と口にしたら、五秒くらい誰も何も言わない重い沈黙が続きました。 うちの塾は、先生と生徒、先生同士の仲がとても良くて、バイトを探している人がいたらぜひ紹介したいくらい雰囲気がいい塾なのですが、このことだけはどうも納得出来ません。生徒を合格させる喜びとお祭りムードのような高揚感にかまけて、自分の塾だけよければいいという考え方に気付いていないと思うのです。いったい塾の存在意義って何なのでしょうか。
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